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ブログはじめました(仮)

タイトル考え中。文学と生活、その他自由に書きたいと思います。

行動を選択する、編集工学と人間の意思決定について

はじめに

このブログでは、毎回ひとつのテーマに関して情報をまとめます。それにあたり、定期更新ではないのですが、形式として便宜的に「今回」と表記します。更新頻度はその都度変わりますが、おおよそ1週間に3~4回ほど更新したいと考えています。よろしければ、コメントやブックマークをお願いします。


  • 編集を工学する

さっそくですが、今回は「編集」と「意思決定」について、近年注目されている「編集工学」という観点から書きたいと思います。
「編集工学」という言葉を初めて聞いたのは、松岡正剛氏のウェブ連載「千夜千冊」を知ってからでした。
*1

知の編集工学 (朝日文庫)

知の編集工学 (朝日文庫)

一般的に企業経営に必要な要素や能力を「ヒト」、「モノ」、「カネ」、「情報」の4つが四大経営資源と呼ばれていますが、「情報」が扱われ始めたのは、情報科学が発達した2000年前後のことと思われます。おおよそ我々の生活には情報が欠くことのできないものとして扱われます。広く言えば、「ヒト」も「モノ」も「カネ」も社会的な情報であります。言うまでもなく、社会は人間関係のこれら「情報」の交換によって成立しています。つまり、2000年以降、我々の生活基盤は「個人」と「社会」相互の「情報」の関係性がより重要とされ、いかに情報を運用していくか、その方法が重要であると考えられます。

ブリタニカ国際大百科事典小項目事典によれば、編集(edit)とは、

新聞,出版,放送,通信など一般にジャーナリズムの世界において,一定の志向性をもって情報を収集,整理,構成し,一定の形態にまとめあげる過程,またその行動や技術をいう。新聞では,取材,整理,割付け,大組み,校正などの段階に分けられる。放送の場合,フィルム,録音テープの整理に限定されており,放送番組を効果的に組合せることは特に編成と呼んでいる

とあります。

しかしながら、編集工学における「編集」は、特定の職業スキルではなく、情報を扱う力であり、それは情報を編集する技術によって運用されます。
この編集工学は人間に関わる情報*2の位相に関わる複合を編集することで、工学的な方法論によって解明することが目的とされ、その方法論の活用に基づいて社会現象を明らかにし、生活をより豊かにするものであると思われます。つまり、編集工学とは、社会の諸関係から生じる情報を編集する、あるいは、その編集によって新たな価値を生み出すものであると思います。これは生活に欠かせない能力でありながら、あまり意識されることはありません。おそらく我々は、verbal,non-verbalに関わらず、多かれ少なかれ生活の言語としてコニュニケーションの方法を学ぶために、意識する必要がないからだと考えます。

  • 編集と意思決定

僕の好きな言葉に「人が環境を変える、環境が人を変える」という一句があります。この言葉は、中学校3年で部活動を引退する際に顧問教諭から頂いた言葉です。当時の僕はこの言葉の意味をあまりうまく捉えることができないながらも、中学校生活における経験即として自己の精神と肉体が変化していることを体験しました。その経験から、僕は前述の一句を大切にしたいと思ってきました。しかし、人が環境を変えようとする意思はどこからやってきて、その意思が環境にどのように変化を与えるのか、がこの頃から長らく大きな疑問として僕に与えられました。そのような疑問に導かれるように大学の専攻が決まったのですが、それは別の機会に書きたいと思います。

要するに、人間の行動と認識の溝にある「情報」を知りたいと思ったのです。情報はどこからやってきて、どのように変化し、どこへ向かうのか。・・・
途方もないような漠然とした疑問に対して差し込んだ光が今回のテーマである編集工学であります。
自己と社会、認識と行動、維持と変革・・・、それらは個人の歴史と体験がその準拠集団において編集された情報の集積と取捨選択を通じてRimixが生じ、それが社会に影響を及ぼす意思の源泉になるのだと思います。(もう少し簡潔に書きたいのですが、うまくまとまらないためメモとして)


ここまで編集と意思決定についてキーワードとして残しておき、また別の記事で、うまくまとめてみたいと思います。

*1:https://ja.wikipedia.org/wiki/松岡正剛:title

*2:「ヒト」「モノ」「カネ」から派生する文化や政治経済など